シンクタンク「現代メディア・フォーラム」設立趣意書(2006年改訂版)

メディア監視機関の樹立

現代世界におけるメディアの政治的、社会的な影響力はすさまじいものがあります。もはや立法、行政、司法の三権をしのぐ第一権力ではないか、との指摘が広範に行われています。しかしメディアの権力や濫用を監視する機能は弱体なままです。

日本国内では、報道被害や誤報、NHKにまで及んだ社内不祥事が続発して、メディア不審を醸成し、「メディアの公共性」が厳しく問われています。メディア自身の振る舞いもまた、社会問題の中心に居座っているのです。

EU諸国とは、日本の記者クラブの閉鎖性が原因で国家間の経済摩擦を引き起こしています。言論の自由を掲げた最後の“聖域”といわれる日本のメディアでしたが、その透明化と国際化にむけた構造改革が急務です。

旧態依然の既成メディアは、メディアを金儲けの道具と考えるIT長者によってM&Aの格好のターゲットとされました。そのあげくの果てにライブドアの破綻が起こりました。

また民主党の永田議員の偽メール事件は、ジャーナリズムや情報の信憑性に対する判断力を欠いた若い世代の台頭を物語り、政治不信と社会不安を煽りました。これらの諸事件の意味するところは、メディア教育、ジャーナリズム教育の不在です。

メディアの構造改革と国際発信力をどうするのか。現状では、日本のメディアは国民に対して威張り、影響力を奮っているだけで、外国にはまったく影響力はありません。

知的に元気なメディアの育成が急務となっています。同時に自由社会のメディアの役割は、民主主義の成熟と深化をもたらすものであるという自覚を、強く促す必要があります。

影響力の巨大さに比べ、メディア研究(自然科学系の情報処理研究を除く)の分野は甚だしく未確立で遅れているが現状です。少なくとも国公立大学の場合、東大を除けば、大学院はおろか、学部レベルでメディアやジャーナリズム専門とする研究・教育機関はどこにもありません。現代社会のメディアの影響力に目覚め、機運は芽生えていますが、本格的に追求する機関としては、一部の私立大学に不完全ながら存在している程度です。また文部科学省や学術機関、科研費の分類においても、メディア研究は独立ではなく、社会学の範疇に入っているのが現状です。

わが国の標準産業分類では、メディア産業は長らく適正に位置付けられてきませんでした。ようやく平成14年度(2002)に「大分類H」というのが加えられ、「情報通信業」が認知されました。新聞社は紙を加工する製造業から情報産業へ、放送局は電気通信事業から情報産業へ昇格したわけです。

日本における公的、学問的な枠組みとしては、メディアの影響力に対する意識は極めて希薄だったといわざるをえません。1960年代に情報産業を学問研究の対象としてきたアメリカなどと比べ、日本の情報産業が世界に出遅れたのもこのためです。

研究機関のレベルで深くメディアを分析し、継続的にウオッチする機関の育成が重要な課題です。このフォーラムの第一の目的は、研究、教育、制作の三位一体の活動を通じてメディアの監視・検証機構を樹立する試みであります。

メディア現場・教育・研究の三位一体

近年、日本の私立大学には、「情報メディア学部」という類の名称の学部がにわか仕立てで林立し始めました。急激に進化する情報化社会の要請に合わせようという狙いでしょうが、大多数は実態も中身もない、”学生寄せ”のための看板の架け替えに過ぎないものです。中身がないから人材の供給源になってはいません。

言論立国といわれるアメリカでは、建国と共に大学にジャーナリズム学部が設置されています。ピューリッアー賞で知られるコロンビア大学のジャーナリズム・スクール(大学院)をはじめ、全米の有力大学には、大学院レベルのジャーナリズム学部やコミュニケーション学部があります。専門分野で大学院教育を受け、理論的なベースと実技能力を身につけた人材が米国のメディア界で広く活躍しているわけです。

欧米においては、大学や研究機関が人材供給源であると同時に、定期的に研究紀要を刊行し、メディア監視の一定の役割を果たしてきました。

上述したような背景と動機で、私たちはメディア研究・教育・制作を専門とするシンクタンクを立ち上げることにしました。日本では初の三位一体の試みと自負しております。

以下に、研究、教育、制作の具体的な試みの例を記します。

1:空論ではない研究内容の構築

日本および欧米、アジア諸国のメディアとジャーナリズムの比較研究を軸にメディア研究を行う。米国のメディア研究シンクタンク(たとえばハワイのイースト・ウエスト・センターなど)や諸外国の研究機関との連携、提携の研究活動を促進する。

研究のコアになる部分は、代表の柴山が京都の国際日本文化研究センターで主宰した共同研究会「日本のジャーナリズム機能の変容」をもとにする。

柴山が編著で刊行した著作『日本のジャーナリズムとは何か』(ミネルヴァ書房、2004年)を参照してください。フォーラムの発起人、協力者はおおむね当時の研究会メンバーと重なっているが、日文研の共同研究の目的は日常の交流に乏しい大学の研究者と現場のジャーナリスト、メディア研究者ら約30人が、同じテーブルを囲んで、日本のメディアとマスコミの研究、討論を行うことだった。

当フォーラムでもこの研究、討論のスタイルを踏襲するが、現場のジャーナリストはもちろん、若手の研究者や学生の積極的な参加を求めてゆく。研究対象は、歴史的なメディア史研究から現代におけるメディアの問題点にいたる幅広い分野を射程にいれる。3ヶ月から半年のスパンで一つの研究テーマを採択し、そのテーマの責任者を決めて、研究会での発表と討論に供することにする。

言論の自由の歴史/メディアはなぜ民主主義に必要か/メディア教育/WEBジャーナリズム/メディアのM&Aの事例研究/メディアの所有とは?/多メディア時代の知的所有権/公共放送論―イギリスのBBCやフランスの国営放送などの事例を研究分析、NHK民営化論の有り方への具体的な提言/マスメディアの人権侵害事件/誤報事件などの検証/メディア評議会、オンブズマン制度樹立の提言/活字離れ・新聞離れの根本的な要因分析/など、現代の多様なメディアの諸課題を扱ってゆく。

既成メディアへの批判は必然であるが、一方通行のメディア批判ではなく、メディアの現実をしっかりと捉えて分析し、メディアの現場にとって影響力、有効性のある改革案を示してゆく。

当シンクタンクとしての研究課題としては、公募ないしはメディア会社や諸企業からの委託研究を受け入れ、研究レポートや報告書の作成の業務を行う。

研究活動の成果は、フォーラム固有の月刊誌ないしは季刊誌の形で公表するもとする。これのモデルはコロンビア大学発行の『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』(CJR)やハーバード大学発行の『ニーマン・レポート』(Nieman Reports)のようなジャーナリズム研究の専門誌を目指す。

2:メディア教育と第一線の実践能力の確保

上述したように、IT長者によるメディアM&Aの失敗や永田メール事件が端的に示したことは、わが国におけるメディア教育=メディアリテラシーの欠如、ないしは不在であった。

日本のメディア教育では、コンピューターの情報処理や現場の実技指導の技術面が優先されるが、メディア教育の中心は、メディアの社会的役割の理解を踏まえた実践能力と共に、社会的現実に裏打ちされた理論的な諸知識であるべきだ。文章技術も必要になる。こうした基礎的な能力を欠いた人材が、社会の中枢やメディアの現場で仕事をしても、質の高い仕事は望めない。

日本メディアの国際発信力の養成は急務である。アニメや劇画分野のジャンルを除けば、国際競争力のあるメディアのコンテンツは生まれにくくなった。映画産業にしてもかつての、黒沢明、小津安二郎監督時代の国際競争力はない。

自己中心的な視野狭窄に陥ることなく、国際的な視野、視点を意識したメディア研究が必要とされる。同時に、自由な民主主義社会におけるメディアの真の役割は利潤追求や情報操作ではなく、民主主義の成熟と深化に寄与すべきものであるという、自覚を促す必要がある。

われわれは先進国のメディアが有する国際基準を重視して、メディア、ジャーナリズムの関連カリキュラムや文章講座を開設し、高校生、大学生、社会人を対象にしたメディア総合教育を行う。中身や実態の乏しいカリキュラムや巷間にあるマスコミ塾とは一線を画した総合講座を試みる。

空理空論や観念論に陥らない理論的な知識と教養のベースをしっかりと身につけた上で、フォーラム・スタッフが厳選したメディア界の現場(新聞社、テレビ局など)の第一線の関係者やジャーナリストによる指導を行う。洗練された教養、知識を含め、現場の要請に則した取材、執筆、インタビューなどの技術を収得させるよう務める。

3:制作・企画とコンテンツの発信

上記の研究、教育のプログラムを実践してゆく中で、質の高いコンテンツの企画を生み出す。フォーラム参加者が作ったコンテンツを社会に発信するにあたり、新しいメディアのノウハウを開発しチャレンジする。

そのほか、ビジネスレベルで有力な企画が目にとまれば、新聞社やテレビ局に持ち込んで、記事企画、番組企画を出し、紙面化、番組化を促す。フォーラムで学んだ学生や社会人たちが、質の高い企画能力と制作のノウハウを身に付け、将来的にメディア界でのプロの仕事につながる場作りを目指す。

研究、教育、制作を三位一体として連携したメディア・シンクタンクを創立することで、それぞれの中に自閉しがちだった研究と制作現場との回路をオープンにしてつなげる。メディアを広範にウオッチしながら、日本のメディア・システムの改革と正常なメディア教育、プロフェッショナル教育に寄与することを目的とする。

代表:柴山 哲也
(メディア・アナリスト 朝日新聞社友)

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